人間の心はいかに弱いか。アイヒマン実験の成果を、いまこそ振り返るべき時期です。 [雑感]

1週間前(4月18日)の当ブログで「心が折れやすいひと」について記事アップしました。

本日は「人間の心がいかに弱いか」の切り口で、続きを書きます。

唐突ですが、安倍総理の右傾言動に対し、日本国民のみならず周辺国が「日本が戦争国家に変わるのでは」と不安を感じています。戦争は良くない。自分や身内や知り合いが国の都合で殺し合いに参加させられ、命を落とす。国土は荒廃し人心はすさみ、家族や財産を失い国民が傷つく。戦争は「喪失」と「死」の恐怖をもたらします。

いっぽうワタクシが「戦争の何が怖いか」を申しますと、「人間(自分)が特殊な環境下で、いかに残酷になるのか」を目の当たりにする(であろう)こと。ふつうのサラリーマンや公務員だった人物が、権力(国)から侵略と殺戮の「おすみつき」をもらったとたんに、どうなるでしょうか。敵国に乗り込み、婦女子をレイプし、家に火をつけ、他人の財産を奪う。平気で何百人という非戦闘員を殺戮する・・・かもしれません。

人間の業を、まのあたりにする。これぞ地獄ではないでしょうか。

いや待ってくれ、「人間」と一般論でくくるな。オレはそんな残虐行為はしない。戦争で大量殺人に関与した軍人たちは異常者であり、もともと残虐な性格なんだ・・・と反論される方もいるでしょう。

そこで、今日のテーマです。「人間の心がいかに弱いか」。

考える材料として「権力に服従する人間の弱さ」を世に知らしめた衝撃的な「アイヒマン実験」(1963年)について紹介いたします。社会心理学をかじった方はご存じでしょう。アメリカ、イエール大学のミルグラム教授が行った実験で、「ミルグラム実験」が正しい名称ですが、通称「アイヒマン実験」と呼ばれます。それはなぜか、は後述します。さて、この方が件のスタンレイ・ミルグラムさん(1933年~1984年)です。

ミルグラム3.jpg

事前に申し添えますと、アイヒマン実験を知るとイヤ~な気持ちになること請け合い。ジンバルドさんの模擬刑務所実験(1975年)と双璧をなす社会心理学史上、最高ランクの「気が滅入る成果」だと言えましょう。

さて、アイヒマン実験とは何か。どのように行われたのか。

実験目的は「服従の心理」の定量的評価です。自分の意に沿わないことを、権力側から指示・命令・要請された場合、従うのか反発するのか(拒否できるのか)のデータを収集するわけです。

実験は以下のように行われました。

・ 新聞広告に応募した40名のアメリカ人(20代~50代)がイエール大学に集められる。

・ 彼ら(被験者)に、実験の真の目的は教えない。

・  被験者はくじ引きで「生徒役」「教師役」に振り分けられる。ただし生徒役はサクラで、被験者40名全員に「教師役」が割り当てられる。

・ 教師役(被験者)と生徒役(実はサクラ)は二人一組で室内に入る。お互いの姿が見えないように仕切りがある。ただし互いの声は聞こえる。

・ 生徒役(サクラ)の腕に電極が巻きつけられ、ベルトで椅子に固定される。電極には電気ショックが加わるようになっている。電気ショックは、15ボルトから450ボルトまで15ボルト刻み。スイッチは教師役(被験者)の前にある。

以上が準備段階。ここから実験が始まります。実験者(大学側)が教師役(被験者)に、ある「指示」をします。重要なのは教師役に「拒否する権利」があること。痛い目にあわせるなどの脅しは一切しません。さて、その指示とは・・・

・ 教師役(被験者)は、生徒役が記憶テストの問題を一問間違えるごとに、生徒へ与える電気ショックのレベルを1段階づつ上げるよう実験者から指示される。なお、無回答も誤答とみなし、電気ショックを1段階上げる。

ミルグラム2.jpg

ミルグラムさんが用意した電気ショックマシンのスイッチボードを観てみましょう。電圧に対応した30個のスイッチがあり、その下に文字が書かれています。低いほうから「弱いショック」「中くらいのショック」「強いショック」「激しいショック」とあり、300ボルトを超える箇所には「とても激しいショック」、それより高いと「危険」「過激」、最高値450ボルトには「XXX」と記されています。

ミルグラム0.jpg

つまり、教師役(被験者)は、生徒役に与える電気ショックの危険度を十分に認識しているわけです。もちろん電気ショックは実際にかかりませんが、教師役が「かかっている」と思うように、生徒役(サクラ)は電圧に応じ「痛い」と呻いたり、「やめてくれ」と懇願します。300ボルトで迫真の絶叫を発し、危険な400Vになると声すら出さない、という演技をします。

さあて、いよいよ実験開始です。

・ 記憶テストが始まり、生徒役が回答を間違えるたび、教師役(被験者)は電気ショックのスイッチを一段階づつ上げていく。そのたびに生徒役の「やめてくれ」の声や、苦悶の絶叫が教師役には聞こえる。

・ 教師役(被験者)が生徒役の苦痛の声に、電圧ショックをかけるのを躊躇すると、実験者(主催者)は、教師役に対し淡々と「続けてください」と指示する。それでも躊躇すると「続けることが必要です」「絶対に続けなくてはいけません」「続ける以外に選択肢はありません」と、4段階で命令をする。

・ 4段階の命令をされても、なお教師役(被験者)が電気ショックをかけることを拒否すると、そこで実験は終了となる。

実験方法は以上です。

さあて、ここまで読んだ方、一緒に「結果」を予想しましょう。かわいそうな教師役(被験者)40人は命令を受けて、いったい何ボルトまで生徒役に電気ショックを加えたでしょうか?

おさらいすると200ボルトは「とても強いショック」。250ボルトは「激しいショック」(生徒役が叫ぶ)、300ボルトは「とても激しいショック」(生徒役は絶叫)、375ボルトで「危険」(生徒役は声も出ない)、450ボルトは「XXX」←注意記載もない。

ミルグラム教授は事前に精神科医、大学生、一般人の計110名(被験者は含まれない)に実験方法を説明し「結果の予想」のアンケートとりました。アンケートの回答者全員が「300ボルトを超える電気ショックを加える被験者はいない」と予想していました。

ところがなんということでしょうか。実験結果は大違いなのです。

40名の教師役(被験者)の全員が「とても激しいショック」に相当する300ボルト以上のスイッチを入れており、さらに驚くべきことは、半数以上の26名が最大値である450ボルトのスイッチまで押していたのであります。

たしかにスイッチボードの450ボルトには「死ぬほどのショック」と書かれておらず、「XXX」とだけ記載されています。しかし、そこに至るまでに生徒役が発した絶叫を聞けば、450ボルト=「XXX」は「相手が死ぬのではないか」と推察するに足ります。

被験者は、実験に参加して謝礼をもらうからには「指示に従わねばならない」と考えたことでしょう。しかし、被験者には「指示を拒否する『自由』があった」ことを忘れてはいけません。言葉や武器で脅されたわけではないのです。にもかわらず、なんの怨みもない相手(生徒役)に、死ぬほどに危険なレベルの電気ショックを加える・・・この行為は明らかに異常です。精神異常でもない被験者が、どうしてこのような残酷な行為を行えたのか。どんな心理メカニズムなのでしょうか。

これがミルグラム教授の考える「服従の心理」なのです。権力から指示(要請)される状況的圧力のもとでは、自らの価値観や倫理観にしたがった行動ができず、「私は、権力者・命令者の代理人なのだ」と、他者に行為の責任転嫁をするわけです。その結果、信じられないような残酷行為をしてのける・・・人間とは、そのような「弱さ」を持っている、というわけです。

まさにナチスドイツが大戦中に行った残虐行為に対応するものです。高い知性と教養を持ち、事の善悪を十分に判断できるエリート軍人たちが、大量虐殺を実行した、理由の一端がここにあります。

話は冒頭に戻ります。

人間は、抑圧的環境下では、意に沿わない恐ろしいことでもやってのける、と分かりました。「人の心の弱さ」の証明でもあります。「いや、自分は絶対に違うぞ!」と怒る方もいるでしょう。そうでしょうか。私は全く反対です。命じられれば私は最大の450ボルトまで電気ショックを加えるでしょう。相手を殺せ、と「上」から指示されたら殺すでしょう。もっと酷いこともやるに違いありません。

だから戦争などしたくないのです。自分の残虐行為より、その原因である「弱さ」に向き合うだろう、から。

さらに嫌なことを言います。もし日本人がアイヒマン実験の被験者になったら全員が最大の450ボルトまでスイッチを入れたでしょう。なぜなら日本人は「権力に指示されたがる」国民だから。私はそう思います。会社ぐるみで決済をごまかす。公表すべき重大欠陥を隠ぺいする。社員個人のモラルの問題はありますが、労働者をはじめ組織に所属するほとんどの者が、権力に従順な「悪しき羊」なのは否定できないと思うのです。

発露の仕方は違いますが、こんな事件も日常茶飯事です。体育会系部活で上級生が下級生に対して加える酷い仕打ち(いじめ)。国会議員、県議、市議が起こす破廉恥な事件。自分は「客だ」と傲慢にふるまい店員に土下座を強要する輩。あるいはモンスターペレンツ。こやつらの行為は「権力を楯にとった横暴」という意味で、アイヒマン実験の被験者たちの裏返しの心理を持っています。

ここまで読んでいただいた皆さん。どう思われますか。

アイヒマン実験を過大評価するつもりはありませんが、この実験は、人間精神の忌むべき本質を暴露した「成果」だと思うのですが、いかがでしょうか。

そうそう、ミルグラム実験が「アイヒマン実験」と呼ばれる理由を説明していませんでした。アイヒマンとはナチス親衛隊のアドルフ・アイヒマン中佐のこと。彼は第二次大戦中に大量のユダヤ人を収容所への移送する計画責任者でした。戦後、ドイツを脱出して南米に潜伏しましたが、モサド(イスラエルの諜報組織)に捕縛されて、戦犯として処刑されました。

大量虐殺に加担したアイヒマン。国粋主義に心酔する性格異常者か、と思いきや、ごく平凡な家庭人であり、組織に従順な小市民なのでした。この点が、驚愕をもって受け止められたわけです。戦犯尋問のなかで、彼は「私は組織の命ずることを忠実に実行しただけです」「戦中は、実の父親を殺せと命令されれば、そのとおりにしたでしょう」など語録を残しております。まさに「権力に指示されたから、平気で大量虐殺に加担できた」実例であり、心理学で議論のテーマとなったわけです。ミルグラム教授の行った実験が「命令され、他人に苦痛を与える」スタイルだったことから、「アイヒマン実験」という通称がついたんですね。

ミルグラム1.jpg

記事が長くなってきましたね。

今回は文章を書きながら、じつに嫌な気持ちになりましたが、人間の「心の底」については引き続きブログで取りあげたいと思っております。収拾つかなくなるのはご愛嬌ということで。

ちなみに、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故は是非、考えたいですね。この事故の関係人物たちの心理に分析を加えた、4月の放送大学「技術者の倫理」は素晴らしい講義でした。題材のリアルさ、提起される問題の奥深さを観ちゃうと、失礼ながらNHK「〇〇大学 白熱教室」はバカらしく思えます。ま、「白熱教室」はバラエティ番組、と割り切れば良いだけの話ですが。

ではでは。


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コメント 2

ブアマン

大学の心理学の授業で、アイヒマンテストを知って、私も恐ろしい結果だと思いました。
教師役は心に傷をおったでしょう、いまでは出来ない実験ですね。
模擬刑務所実験は映画にもなりましたね。看守役の横暴かエスカレートして、囚人役がどんどん卑屈になっていく。
ぜひ門前さんのブログに取り上げてください。
by ブアマン (2015-04-28 07:08) 

門前トラビス

To ブアマン様、コメントありがとうございます。
ご指摘のとおり、アイヒマン実験は、実験と称して結果的に、被験者を騙して精神にダメージを与える過酷な内容ですね。この実験の仕方には当時から批判があったようです。たしかに今ではできませんね。
ジンバルドさんの模擬刑務所実験は、ミルグラムさんの実験成果を踏まえて、さらにつっこんだチャレンジ、ですね。ジンバルドさんと、ミルグラムさんは学生時代は同級生だそうで、ちょっと興味深いです。
模擬刑務所実験は記事に書くのが、さらにツラいので、様子見してから、ですね。期待いただき、ありがとうございます。

by 門前トラビス (2015-05-01 04:19) 

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