2023年、楽しみな展覧会は「エゴン・シーレ展」「毒展」「諏訪敦展」ですなあ。 [絵画]

2023年1月。

今年も、無職プータロー生活、ユル~く生きるぜ!と気合い(?)をいれたオジイサン(の私)ですが、昨年12月キャンセルした九州でのバイト仕事の日程再設定、資料の見直し等々で、ここ1週間はバタバタしちゃいました。額によらず、金を稼ぐのは一苦労・・・って、生活、全然ユルくねえな!(←「カミナリ」たくみさんのツッコミ口調をイメージください)。

さてハナシは変わります。ワタクシの大きな楽しみのひとつが、展覧会。東京つうところはヒトが多いだけあって、のべつまくなしスゴイ展覧会が開かれます。ぼー、としていると見逃しちゃうので、アート系サイトで定期的にチェックしているワタクシ。2023年、これはずせないぞ!とロックオンした事案を紹介しましょう・・・って、評論家気取りだな!(←引き続き「カミナリ」たくみさんのノリで)。

まずは、これ。エゴン・シーレ展。東京都美術館で、1月26日~4月9日に開催。

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ウイーン世紀末を代表する、弱冠28歳で逝去した天才画家。ちなみに28歳で亡くなった日本の画家といえば、青木繁さんですね、昨年12月に展覧会に行ったので覚えているのだ。

ウイーン世紀末、つうと、まっさきにクリムトさんの名前が思い浮かびますけど、私は、人間の闇や苦悩をストレートに感じさせるシーレ作品のほうが好き。また、この展覧会には、リヒャルト・ゲルシュトルの作品も展示される(らしい)。作曲家シェーンベルクの奥さんと不倫関係となり、その後、彼女が去ったことで自殺した画家です。享年25歳。ゲルシュトルさんの晩年の絵が、狂気まみれで、その有無を言わせぬ迫力が凄いのであります・・・って、いつのまにか話題がエゴン・シーレさんから離れてしまった。失礼。

次は開催中の展覧会です。ネットで日時指定の入場予約済みなのだ。プータローの私、もちろん平日の午前中に行きますぜ(なぜか自慢げにいう)。

その名もずばり、毒展。国立科学博物館(上野)で2月19日まで開催中です。

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自然界の毒(ヘビ、蜘蛛、フグ、貝、きのこ、植物、鉱物もろもろ)から、人間が生み出した薬品やガスまで、毒の世界を網羅的に展示くださる、つうことで、これに行かずに何に行く!ってなもんです。チラシ裏デザインの毒々しさを眺めただけでも、期待に胸躍り体がブルブル震えてしまいます。ああ、楽しみ、楽しみ。

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最後。超写実(スーパーリアリズム)画家、諏訪 敦(すわ あつし)さんの展覧会「眼窩裏の火事」。府中市美術館で、2月26日までの開催です。千葉県のホキ美術館に諏訪さんの素晴らしい作品がありますが、諏訪さん個人の展覧会となると、これまた期待が高まりますなあ。

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スーパーリアリズム絵画ではスペインと並んで世界をリードする(と私が勝手に思っている)日本なんだから、こうした個人展をもっともっと開催してほしい。生島浩さん、塩谷亮さん、五味文彦さん、島村信之さん、原雅幸さん、山本大貴さんなどスゴイ画家さんたちの作品展を、美術館の方、ぜひ企画してください~。

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そういえば先月、札幌に帰省したとき、野田弘志先生の展覧会「真理のリアリズム」が開催中だと知って「おお!」と思ったのですが、場所が、札幌芸術の森美術館と知ってガクッ。札幌でも奥地のほう(失礼)で行けませんでした。次回はぜひ都心にちかい、道立近代美術館でお願いできますか・・・って、好き勝手だな!(←「カミナリ」たくみさんのノリで)。

本日は以上です。明日は、2023年、映画館で観ねばならない「映画」について語りますぜ。チャオー。

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清原啓子 没後35年 銅版画展(at 佐倉市美術館)を拝見しました。 [絵画]

2022年11月。

千葉県で開催中の「没後35年 清原啓子 銅版画展」(会期:11月1日~12月18日)を拝見いたしました。ひじょうに楽しみにしていた展覧会であります。

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清原啓子さんは銅版画家、いわゆるエッチング技法の作家さんです。1987年に31歳という若さで心不全により急逝されました。生前より異才として注目され、没後35年の今は、天才と称されるほどに評価は上がり続けております。

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ふ~ん、そうゆう版画家が日本にいたんだあ、つう薄い反応の方には、一度で良いから彼女の作品を(できれば実物を)観て欲しいものです。

超絶技巧でみっちり彫り込まれた幻想的な異形モチーフの数々。ヒエロニムス・ボッスの異世界を、デューラーの質感で、そこに現代のデザイン性を加えたかのよう・・・と、こんな表現では何も説明できていませんがね。作品を観ていると、版画のなかに吸い込まれそうな眩暈(めまい)を覚えます。

おっと話を先走ってはいけません。某日昼前、市川市の自宅からクルマで一般道を走ること約2時間。会場の佐倉市立美術館に到着しました。レンガと石づくりの外観がノスタルジックな味わいを醸しております。

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入り口をはいると吹き抜けのロビーがあって、うほお、カッコいい!と思う次第。

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美術館の建物のハナシは以上で、いよいよ清原啓子さんの銅版画であります。

平日お昼、会場にはお客さんは3名しかおりません。じっくり観たい放題の最高のシチュエーションじゃ。受付で貸していただいたルーペを片手に、作品をひとつひとつ愛でていきます。31年の生涯に清原さんが残した版画はわずか30点ほどだそう。どれもがヘヴィー級の圧でこちらに迫って来るわけで、すげえ、すげえ、とアホのように唸ってしまうワタクシ。

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恐るべき想像力、創造力、が画面からあふれ出しております。

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1枚の版画をつくるために、膨大な労力と時間を費やしたことは想像に難くない。私のようなシロウトは、そのことだけで関心しちゃいます。

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脳内宇宙を可視化する技量と精神力・集中力にひれ伏すしかありません。清原啓子さんの描く無限宇宙、迷宮からの永遠の問いかけに、しびれっぱなしの展覧会であります。これを感動と呼ばずになんと呼ぶのじゃあ!

完成版画24点、素描16点、20枚の銅原板などを観きって、満足感と同時にへとへとになりました。午後1時、展覧会の図録集を1500円で購入し、心地よい疲労とともに美術館から撤収いたしました。

帰路の途中、印旛沼脇の公園(印西市)で休憩します。公園のシンボル、親子の象さん(の実寸模型)とともに自撮り。ところで、なぜここに象がいるんだろ?ま、いいか。本日は以上!

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メトロポリタン美術館展(at 国立新美術館)は、ジェローム作品に一点集中!でありました。 [絵画]

2022年6月。

先週終了した「メトロポリタン美術館展」(at 国立新美術館)について遅ればせながら書きます。一人の画家の展覧会(個展)ではなく、複数画家の、それも15世紀から20世紀までという長期にわたる作品展示となると、観る方が的を絞れない、そんな恨みがありますね。

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今回、ニューヨークから日本へやってきた絵画は約60点。ここで見逃したら、今後出会えないと思われる逸品がドドーンと展示されておりました。クラナハ、ホルバイン、カラヴァッジョ、エル・グレコ、レンブラント、ラ・トゥール、ライスダール、クールベ、フェルメール、ゴヤ・・・と華々しい名前が並ぶさまは、まさに圧巻でした。(あえて印象派以降の画家名は書きません。)

しかし。

ワタクシが美術館に足を囲んだ理由、それは、たった1枚の絵を観るためでした。ズバリ、

フランスの画家、ジェローム「ピグマリオンとガラテア」(1890年頃)であります。ドーン!

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この絵に対するワタクシの偏愛については、2017年12月に当ブログで熱く語りました(当時の記事は→ここ)。ベタな言い方ですが、ワタクシこの作品が大好きなのです。

神話を題材にした、19世紀の写実的な絵画なんて時代遅れでバカバカしい・・・つう単純な阿呆が、日本にはわんさかおって、彼らが好きな画家は、ダ・ビンチ、フェルメール、ゴッホ、モネ、ルノワール、ピカソ、シャガール・・・と判で押したような定番ビックネーム。何を好こうと個人の勝手ではあるが、ワタクシに言わせれば、その発想こそ迎合・紋切りだと思う(作品を好きな方、失礼、と一応、謝罪)。

ここに掲げたジェローム作品の圧倒的・超人的な筆力を観てみろや!と急に声が大きくなりました、すいません。

描かれた元ネタ神話の説明が必要ですね。ピグマリオン(絵の右にいる彫刻家、もとはキプロス王)は自分で彫り上げた象牙の女性像に恋をしてしまいます(絵の中央にいる像です)。美の女神ヴィーナスの計らいにより、ピグマリオンが彫像にキスをすると、なんと生命をもった人間の女性へ変身した・・・というハナシ。

ジェロームは彫像が生身の女性に変わる、まさにその瞬間を描いたわけです。上半身は人間、下半身はまだ象牙、つまり、中森明菜さんの歌う「1/2(にぶんのいち)の神話」つう事です(ちょっと違うか)。もう一度、絵をご覧ください。リアルな人肌、象牙の質感、背中からお尻にかけてのグラデーションがスゴイのです。さらに弓なりに身をそらせたピグマリオンと、右斜めに体を傾ける女性の抱擁構図が、なんとも情熱的でドラマチックではありませんか!うーむ、あっぱれ!

私は展示会場にはいるや、ダッシュでこの絵へ向かいました。他入場者が来るまで、10分以上、たっぷりと本作を愛でたのです。いやあ、もう感動ですよ、感動!画集では味わえないホンモノのマチエール。画布に吸い込まれそうな吸引力。恐れ入りました。

好きなものは好きなんじゃ、つう当たり前のことを再認識できて、この場で堂々と言えるたあ、私はなんたる幸せ者であろう。

というわけで、メトロポリタン美術館展の件、ジェローム「ピグマリオンとガラテア」で話は終わってしまうんだけど、実は、こりゃあ良い!と感激した作品はほかに2点ありました。

ベラスケスの「男性の肖像」(1635年頃)。絵から放出されるパワーに絶句。

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そして、シスレーの「ヴィルヌーヴ=ラ=ガレンヌの橋」(1872年)。なんたる爽快さ、であろう。絶妙な筆致と配色のバランス・・・辛抱たまりませんなあ。

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絵画愛を語るとキリがないので、そろそろ終わりましょう。お、そういえば、ワタクシ、今回、国立新美術館へ行くとき、はじめて千代田線の乃木坂駅を使いました。なぜか、これまでは日比谷線の六本木駅を使って、そのたびに「失敗したぜ、次回こそ美術館に直結の乃木坂駅から行く!」と反省+決意していた由。

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どうでも良い最寄り地下鉄駅ネタになったところで、今回はお終いっ!!チャオー。

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プチ・パレ美術館展(at 郡山市立美術館)で大好きなヴラマンクを堪能したハナシ。 [絵画]

2022年3月。

3月16日の東北大地震により、東北新幹線は車両の脱線や設備損傷があり、運行停止となりました。現時点で復旧のめどがたたないとのこと。常磐線(在来線)も、いわきから北が不通で、福島、宮城のシゴトが多い今のワタクシにはヘヴィーな状況です。今週の仙台出張など、羽田から仙台までヒコーキで移動ですよ。貧乏性のワタクシ、業務とはいえ「旅費、高いなあ」とちょい溜息。

さて地震前に行っておいて良かった、とつくづく思ったのが、福島県 郡山(こおりやま)市立美術館で開催中の、スイス・プチ・パレ美術館展(会期2月11日~3月27日)であります。

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浪江町でシゴトがひと区切りした後、関東へ戻るさい立ち寄りました。ワタクシ、スイスの「プチ・パレ美術館」の存在を今回初めて知りました。お金持ちオーナーさんが、19世紀後半以降のフランス絵画をコレクションした私設美術館のようですね。うーむ、勉強になった。

プチ・パレの話はよいとして、感動したのは「郡山市立美術館」のほう。周囲環境、建物のデザイン、モダンな雰囲気がなんとも良い。市立美術館ってこんなに立派なんだあ、と素直に驚いてしまいました。

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東京の展覧会のように人がうじゃうじゃいるわけでなく、ゆったりまったりと好きな絵画を、好きなだけ拝見できるのも嬉しい限り。なんという幸せじゃあ。

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会場には、印象派から新・印象派、エコール・ド・パリ、立体派、野獣派の絵画が網羅的に展示されておりました。が、お約束どおりポスターには日本人が大好きな大御所ルノワールの、ふんわり人物画です。どこが良いのかサッパリわからないのですが(私が分かる必要もないけど)、ま、ワタクシはワタクシの道を進むとしましょう。

ずばりワタクシの主目的は、ヴラマンク(の絵)を観るため、であります。

キスリングさんも観ちゃうけど、ハイ・プライオリティはヴラ先生でしょう、やはり。今回、ヴラマンク作品はたった1点、この「7月14日の踏切」だけであります。どどーん。

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本作を前にワタクシは20分間、立ち尽くしたのであります。大げさでもなんでもなく、言葉を失ったのです。画面から放射されるパワーというか気迫に圧倒されちゃったわけです。

右側建物正面の黒に塗られた玄関など、まさに彼岸への入り口ですね。オルフェウスが死んだ妻に会うため、冥界へ下るときに通った(であろう)「この世と、あの世を隔てる境目」がここにある!と申し上げたい。この世のものと思えぬ「黒」に引きずり込まれそうになる、これぞヴラマンク体験のツボじゃあ!とワタクシは主張したい。

それにしても、ですよ。ヴラマンクさんの絵だけは、ぜったい「実物」を見なきゃダメ!とエラソーに言わせていただきます。いくら高精細であろうと画集や複製のベタッとした肌合いでは、圧巻のパワー・訴求力を、100分の1も実感できないと思う。なぜならヴラマンクさんの絵画とは、造形とか形状とかではなく、勢いよく躍動する筆あと、どんと盛られた絵具、画布上での色のまじりあい、といったネイキッドな「活きの良さ」と、黒を中心とした色の「深み」が感動の素であり、そのリアル感は現場(実物)でしか味わえないからです。ここ断言。

ゆえにワタクシはヴラマンク絵画をおっかけ、ここ数年間でも関東のみならず、山梨県、広島県、北海道、九州など地方へ出向くわけです・・・と訳の分からん自慢をしてみました。

うーーーん。最高だわ。ヴラマンクさんの絵も良いんだけど、「この画家が好きだ!」と心底思えるそんな画家がいる私自身を、いいなあと思ってしまう(自画自賛じゃ)。世界とは、個人の目を通してみた世界に過ぎないのだから、世界を豊かにするのも貧しくするのも、それを、どう見るかという個人次第なわけで、何を言っているかというと、ヴラマンクの絵画がある世界、シューベルトの音楽がある世界、美味い日本酒がある世界は、それだけで私にとって素晴らしい世界であり、そのことを意識できるオレってなんて幸せなんだ、というまとめであります。

多くのひとが(と決めつけてはいけませんが)「不足」「不満」をあげつらって不幸を感じるものですが、ヴラマンクの絵がある世界に生きている、という至福に、つまらん不満ごとで傷をつけるヤツの気がしれませんなあ・・・。

あ、いかん。

話の風呂敷を広げ過ぎました。展覧会に話を戻しましょう。会場にはキスリング作品も複数ありました。どストライク作品ではないですが、「赤毛の女」に久しぶりにお会いしました。2019年6月に東京で、9月に秋田で拝見した人物画です。愁いをふくんだ彼女の目、衣装と背後を隔てる「黒」・・・ここにも彼岸への入口がぽっかりと口を開け、われわれを待っておりましたねえ。ブルッ。

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いやあ、楽しかった。郡山市立美術館さん、ありがとうございました!

ちなみに、この展覧会、国内を巡回していて、4月9日から静岡市美術館で、7月13日からSOMPO美術館(新宿)で開催されるそうです。さて、4月は久しぶりに静岡に行ってくるとしますか。むふふふ。

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「ブダペスト展」を、乃木坂の国立新美術館で拝見したハナシ。 [絵画]

2020年1月某日。前回記事(アップは1週間以上も前ですが)の続きであります。

晴天平日、会社を午後半休して、個人的興味の発露により、渋谷中央街を探索したワタクシ。探索は午後2時に完了。道玄坂の空に、お天道様はサンサンと輝いています。酒を呑むにはちょっと早いなあ~さて、どうする?と考えたワタクシが向かったのは、地下鉄千代田線の

乃木坂

であります。乃木坂といっても、その名を冠したアイドルグループに興味があるわけではなく(生田絵梨花さんは良いと思うが)、ワタクシの目的地は国立新美術館であります。

過去何度か、日比谷線の六本木駅で下車し、そのたび「乃木坂駅のほうが、全然近いやんけ!」と自分にツッコみを入れてきた由。今回は同じ轍を踏むことなく、しっかり乃木坂駅で下車だぜえ。小さく満足、ププッ。

さて、国立新美術館に来た目的は、開催中のこの展覧会を観るためです。

ブダペスト展、です。2020年3月16日まで開催中。

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ブダペストといえばハンガリーの首都ですね。展覧会サブタイトル「ヨーロッパとハンガリーの美術400年」が示すように、ハンガリーの国立美術館が所蔵するお宝絵画が、どどーんと日本にやってきたらしい。

どれどれ、さっそく入場してみましょう。お、それほど客が多くない。要する空いている!ゴッホ展だのムンク展つうとバーゲンセール並みの大量・老若男女がひしめく日本の展覧会会場において、都心でこれだけ空いていると、もうその事実だけで嬉しいです。いや、こんなことに喜んでいて、どうする。オレは絵を観に来たのだった。

入場早々に目に入るのは、一目見て、クラナハ、と特定できる人物表現とタッチ・・・。当時好まれた寓意的題材、不釣り合いなカップル(好色な金持ち老人と、老人の財産を狙う若い女)を描いた作品ですね。

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私が、最後にクラナハの実物を観たのは、前世紀(といっても25年くらい前)のウィーンでしたので、ちょっと懐かしい気持ちにはなりました、以上。

うは、こちらは16世紀ヴェネティアで活躍した巨匠、ティツアーノですなあ。聖母の左におるのは聖パウロだという。この方、もともとはキリストを迫害する体制側の軍隊隊長でしたが、あるとき天からの光(啓示?)を受けて落馬し、以来、キリスト信奉者になった波乱万丈人生のお方です。こんな知ったかぶり知識を披露したのは、このハナシ、後につながるからですね、フフフのフ。

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さて、たくさんの作品をサクサクと拝見し、時代はいよいよ19世紀へ・・・ということで、ここからは、ハンガリーの画家たちのお宝作品が登場ですね~。正直、クラナハやゴヤ、エル・グレコよりも、そっちを観たいワタクシであります。

ドーン。ハンガリー19世紀の風景画といえば、マルコー・カーロイ先生であります。画面中央の輝く光!なんと美しいのだ!

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印象派だの立体派だのを知って、変に耳年増(眼年増というべきかな)になった日本人は、こーゆー絵をみるとすぐに「古くさい」「写真でいいじゃん」などと酷評するのだが、あなたね、ほんとうに自分の目で観て自分の頭で考えているのか?と申し上げたいです。美しいもの(風景)を、その美しさを誰もが分かる形でキャンバスに描こう、あまつさえ実物以上の美しさに仕上げたい、という高邁なる試みを、どうしてお前ごときが・・・と、あまり怒ってはいけませんナ。

こちらは、ムンカーチ・ミカーイによる肖像画。音楽好きならすぐにお判りでしょう。描かれているのは、作曲家でピアノの名手だったフランツ・リスト御大であります。

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この絵が描かれた4か月後にリストは亡くなっているそうで、まさに晩年の大音楽家の堂々たるただずまい、といったところでしょう。絵がけっこう大きいので威圧感もありましたね。

さて。

ついに、ワタクシが求める画家に辿り着きました。

チョントヴァ―リ・コステカ・ティヴァダル(←なんちゅうヤヤコシイ名前じゃ!)によるアテネの夜の風景を描いた作品です。ドーン。

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いや、これがどうした?と思うかもしれませんが、なんというか、変な雰囲気を感じませんか。これまで掲げた絵にくらべると、やけにシロウトっぽいというか・・・。

ちなみにハンガリーは、日本と同じく苗字が先、名前が後、に表記されるので、苗字がチョントヴァ―リとなりますね。作曲家バルトークは、バルトーク・ベラ、ですね。

さて、このチョントヴァ―リ(1853年~1919年)という方。もともとは薬剤師だか薬局の方なんです。美術になんの関りもないヒトでした。で、彼が27歳のとき、なんと、天からの啓示を受けるんですね。神(?)いわく「お前はラファエロを超える、偉大な画家になるぞよ」と・・・。落馬こそしませんでしたが、前述した聖パウロのようではありませんか!(話がつながった。パチパチ)

そこでチョントヴァ―リさん、薬のシゴトは放り出し、今日からオレ画家だもんね、ランニングに短パンで放浪旅に出るもんね・・・とはせず、生来実直な方のようで、40歳まで堅気に働いてお金をためて、そこから華麗に(?)画家へと転身したのです。美術学校で勉強したり(やっぱり実直だ)、その後20数年にわたり、不思議ちゃんな絵を量産したのであります。

興味のある方は、ネットの画像検索でチェックしてみてください。ちいさく感動?できるかもしれません。

私は、アウトサイダー・アートの流れでチョントヴァ―リさんを知り、いつかは実物を観たいと思っていたのです。つうわけで、新国立美術館でも彼の絵(たった1枚しかない、ケチ!)をジーッと凝視していた次第。

幻想的というか、プチ、シュールが入ったというか、なんとも言えない奇妙な味わいです。テクニックの拙さゆえか、あるいは狙ってやっているのかも分からない中途半端な空のグラデーション・・・。朝か夜かも判然としませんが、マグリッドの絵のような仕掛けという訳でも無し・・・。そうそう、馬の脚をみてくださいよ。お盆に茄子でつくる馬の、割りばしの脚のようでしょう。

うはあ、ツッコミどころ満載、完全に私のツボにはまりました。

ハナシは長くなりますが、マッジ・ギル、アドルフ・ヴェルフリ、セラフィーヌ・ルイ、といった病んでる系ぶっ飛びシロウトアートの人たちって、画面を埋め尽くそうと、変質狂的に細かく書き込みますよね。チョントヴァ―リさんは、さすが薬屋さんだけあって(?)その類ではなく、幻視系とでも言いましょうか、クービンやゾンネンシュターンのノリですね・・・と、知ったかぶりを始めると、割りばしの馬脚があらわれるのでやめておこう。

いやあ国立新美術館「ブダペスト展」、私なりに大いに楽しみました。ありがとうございます。

ここでハナシの蒸し返しになりますが、天からの啓示、をテーマにした物凄い映画を紹介します。ビル・パクストン(主演・監督)でタイトルは「フレイルティー 妄執(もうしゅう)」であります。神の啓示を受けた農夫が、とんでもないラジカルな行動に出るサスペンス・ホラーです。だまされたと思って、ぜひ一見を。ワタクシは映画館(今は無き銀座シネパトス)で本作を観終わったとき呆然自失でした。いやはや、啓示というのは一歩間違えると大惨事ですね。マカロニ刑事。ジーパン刑事。「なんじゃこりゃーー」・・・失礼しました。

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横浜美術館で、スーティンの8作品を堪能したハナシ。 [絵画]

2020年1月。

これほどまで仕事がバタバタになるとは、予想だにしていなかった正月明けからの2週間。ヘヴィーかつシリアスな工学技術の難題を持ち込まれて、平日は出張、休日は自宅で解析作業・・・ウムム。。。まあ、ヒトから頼られると、虚栄心と自己愛が満たされて、えへん、どんなもんだい!と自慢ができるので良しとしましょう。

そうそう、依頼元からは、焼酎4合瓶を2本、さらに、日本酒一升を頂戴しました。ニンジンにつられて走る馬、ならぬ、酒につられて作業するエンジニア、がワタクシってことね。ちゃんちゃん。

さてさて、スケジュールが詰まっていようとも、これだけは行くぞ!とココロに決めていたイベントが以前、当ブログに掲載した

「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展(横浜美術館)です。

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約70点の展示作品のうち、ワタクシが「絶対観るのじゃ」と気合を入れるのは、ずばり

シャイム・スーティン、の8枚です。

これさえ観られれば、ルノワールもマティスもモディリアーニも、モネもピカソも観る必要はございません(といいつつ観ちゃいますがね・・・)。

で、行きましたよ。横浜美術館に。千葉県のJR市川駅から約1時間かけて。そしてビックリしましたよ。だって美術館のチケット売り場には長蛇の列が出来てて、

チケット購入まで、40分かかるという。ひええーー、行列に並ぶのが嫌いなワタクシ、もういいや、帰っちゃうかぁ、と思ったモノの、待て待てここで短気はいかん、オレはスーティンを観ずに帰れんのだ!と自らを諫めて、満面の笑顔で(ウソ)、列の最後尾へ並びました。

やっとこさチケットを購入したワタクシ。脱兎のごとく(←すごい比喩が出た)、スーティン作品が掲げられているエリアへ向かうと、うほほお、そこからは至福の時間ですよ。

幸い(?)にもスーティン作品は、順路の最後、ようするに会場出口の直前に並んでおります。ルノワールやらルソーやらユトリロやらを観終わった皆様は疲れており、グチャグチャ・グニャグニャ・ベッタリのスーティンなど、ちらりと横目で眺めてほぼスルー。早足で去っていきます。ナイス!おかげでワタクシは、絵の前に陣取ることができて、嗚呼、なんと嬉しい鑑賞環境だろう。

いやはや、大好きなものを、好きなだけ、存分に楽しめる、この幸せたるや!

エクスタシー、とはまさにこれぞよ。

地味ながらすさまじいエナジーみなぎる、赤いグラジオラス。ねじれ、もだえて、怒りさえ感じさせます。

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スーティンさんお得意の「動物死体」シリーズ、これは七面鳥。うねるようなタッチ。鳥さんの、断末魔の叫びが聞こえてきそうです。ギええええ。。。

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人物画も良いのが来てますねエ。「聖歌隊の少年」。漆黒の背景に浮かびあがる真紅と白。極端にデフォルメされた顔。ああ、シンプルながら、この圧巻の訴求力よ。

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ゆがんだ腕、ずれた首。「ホテルのボーイ」のインパクト。一度見たら忘れられないスーティンさんの本領発揮の佳作ですね。

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いやあ、最高だった。オレ、生きててよかった。

死ぬまでに、これだけまとめてスーティンを観られて大満足だ!さあて帰るか・・・と割り切れるほどワタクシは人間が出来ておらず、銭を払ったからには他画家の作品も観ておこう、と超スピーディながら約70点の作品を、15分ほどでこなしたわけです。あ、シスレーさんの風景画が1枚あって、良かったなあ~。

いっぽう、ルソーさん、マティスさん・・・・すいません、コメント不能です。というわけで本日はお終いっ。

ご安全に!

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横浜美術館で、スーティンを観たい!しかし右ひざの痛恨事が・・・。 [絵画]

2019年12月6日。

出張先である山形県鶴岡市から、さきほど関東へ帰ってきました。さすが東北、雪は降るし寒かったなぁ~とブルッと震えましたね(北海道出身のわりに、寒さに弱いワタクシ・・・とほほ)。

さて、世間のヒトは「師走は何かと忙しい」と言いますね。いっぽうワタクシのシゴトは、時期と忙しさになんらの相関がない・・・はずだけど、12月は大きな現場仕事が入ったりでスケジュールはパツパツ。12月半ばは土日も休み無しの「逆・働き方改革」状態。なぜ毎年こうなるのか、不思議といえば不思議ですなあ。

それに加え、いま右ひざを壊しているのが痛恨です。MRIによる診断結果は「半月板の変形。十字じん帯損傷」。さいわい、じん帯ダンゼツはしてないので、経過観察中で、杖をつきながら歩けています。ひざの曲げ伸ばしは要注意。走るなど論外で、どうしても活動は限定されますが・・・。

これじゃ出張は難しいかあ・・・と思いきや、ラッキー(?)なことに、今回いく現場は、最寄り空港に着いたあとは、ほぼすべて車移動でして、歩く距離はごく少なく、なんとかなりそうっす。

で、今のワタクシにとって一番のガッカリ問題は、体調的にも時間的にも、

横浜に行けないこと、であります。横浜に何があるのか、といえば、これですよ、これ!ドーン。

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横浜美術館で開催中のオランジュリー美術館コレクション展です。来年(2020年)1月13日までの開催。ああ、あと1か月で終わってしまうぞ!千葉県市川市の自宅から、総武快速線(横須賀線)→みなとみらい線で、1時間半弱で行ける距離だけど右ひざがねえ・・・ウムム。

この展覧会、「ルノワールと、パリに恋した12人の画家たち」というメイン・タイトルから、日本人が大好きな印象派絵画を並べてるのね、と乱暴にくくっちゃいそうですけど、ワタクシが行かねばならない!とココロに決めてるツボは、この1点のみ。

シャイム・スーティンの作品を観る!

そう、ルノワールなんて、どうだっていいのだよ・・・あ、ルノワール好きの方に失礼な言いぐさでした。すいません。

スーティンの死後70年以上がたちます。彼の油彩の、ぶっ飛んっだ色使い、激しくねじくれたデフォルメ表現。そして哀愁ただよう人物画にココロが震えます。この時代のワタクシのアイコンたる画家といえば、ヴラマンク、キスリング、そしてスーティン、で決まりなんであります。

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今回、横浜美術館にはスーティン作品が、なんと、8点も並んでいる、らしい。以下、展覧会HPのリストより。

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30年(?)くらい前の「スーティン展」以来の大集結だわ。個人的には、

見逃したら、一生後悔すること間違いなし!

死んでも死に切れん、とさえ思いつめちゃうわけです。

さあ、ワタクシの「スーティン愛」が、横浜への道を切り開くのか?モーゼの十戒のごとく海は割れるのか?オレは口先だけのチキン野郎なのか、それとも初志貫徹する漢(おとこ)なのか・・・って話が無駄に大仰になったところで、今日はお終いっ。チャオー。

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愛知県豊田市で「クリムト展」を拝見したハナシ。 [絵画]

2019年10月。

某日、愛知県の豊田市美術館で「クリムト展」(7月23日~10月14日)を拝見いたしました。グスタフ・クリムト(1862~1918)は19世紀末から20世紀初頭にかけウィーンで活躍した画家・・・とエラソーに説明するまでもないですね。写実表現と、抽象化した装飾文様を、平面的に組合せた独特の画風で知られておりますね。とくに官能美あふれる女性像にはワタクシ、小学生のころからゾッコンなんであります。

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今回の「クリムト展」は東京(上野)会場をパスし、あえて次の巡回会場の愛知県で拝見しました。ちょっと目先を変えたいということで。そして雨の中、東京から新幹線+在来線でやってきました豊田市へと。初めて来たこの街、美術館はどこだろう・・・と悩む必要もなく、駅にはしっかり案内表示が出ておりますな。

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駅から歩くこと約20分(意外と遠いね)、この立派な建物が豊田市美術館だそう。ふうむ。

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おっと私は美術館のタテモノを見に来たわけではなかった。本題はクリムト展です。

ワタクシにしてはかなり長い1時間30分をかけ展示作品をじっくり拝見しました。ちなみに印象派展だと20分くらいで観終わっちゃうワタクシ、モネさん、ルノワールさん、すいません。

さてさて。画集で見慣れた名画の「実物」と対峙したとき、迫力と訴求力に、うおーーッと雄叫びが出そうになる画家と、「あ、ホンモノはこうゆう感じなのね・・・」で終わる画家がおるわけです。作品の良し悪しや、絵の大きさの問題でなく、画集(印刷)では表せないホンモノ・パワーというかな、そーゆープラス部分があるかないか、ですね。(正しく言うと、観る側が、それを感じとれるか、ですが。)

今回、拝見したクリムトさんの作品はどうだったか。いやあ、ホンモノを観てホント―に良かった!と心底、思いました。どの作品からも強烈なクリムト・オーラが発散されており、画集でみたあの絵この絵が、実はこんなに生々しくパワフル(&カラフル)だったのかと感激しきり。この感動、どうするのよ。新幹線運賃をかけて、愛知県までやって来た甲斐があったってもんですよ。

装飾性の強いクリムト絵画は「絵」というよりも、タペストリーやステンドグラスに近い、という印象を持ちました。ただし、それらと決定的に異なるのは、絢爛装飾のただなかで、綿密・繊細かつ具象的に描かれた箇所がツボになっていること。とくに女性のお顔は、目を釘付けにさせる魅力と吸引力を持ってるんです。

ポスターに使われた代表作「ユディトI」。とろんとした彼女の目。そのエロさ!こんな目で観られたら、いったいどうするよ、そこのオジサン!

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10代のころは「子門真人か!?」とアフロヘア(?)が気になった作品ですけど、ワタクシも50代半ばをすぎて、ヒロインの官能美をめでるに至ったのであります。嗚呼、大人になって良かったなあ。パチパチ。。。

楽しみにしていた壁画「ベートーヴェン・フリーズ」(同寸レプリカ)も圧巻でした。言われなければベートーヴェンの第9交響曲「合唱」がモチーフとは分からんですが、予備知識を抜きにしてもクリムトさんの筆力、発想力、イメージを具体化する能力に圧倒され、スゴイ!と感服です。高さ2メートル、幅34メートルの大パノラマをある個所はミッチリ描き込み、ある個所は「塗り忘れかあ?」つうくらい余白をたっぷりとって、その妙なバランスがまた心憎いです。なんと卓越したセンスであるか!

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展覧会の後半ハイライトは、目玉作品のひとつ「女の三世代」。幼児→成年→老年・・・と人間の宿命である「老い」をある意味分かりやすく描いておられますね。

背景や髪の装飾部分がクリムト芸風全開で嬉しくなりますね。しかし、ワタクシが食いつく最大ポイントは、なんたって人物描写、なかでも皮膚の色なんですね。バリバリ写実色ではないのに、むしろこれこそが人の肌だわ、と思える複雑・微妙な色あい。この色だけでも、実物作品を観る意味がある!と申し上げたい。

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まとめっぽい感想になりますが、クリムトさんの絵画に一貫していることは、描写力の確かさと、確信に満ちた画面構成だと感じました。

以下の2枚の人物画。同じ画家の作品とは思えないほど、雰囲気が異なりますが、共通するのは「ぶれない確信」と言いましょうか、この対象を描くならこれしかない!と言わんばかりの、One Shot, One Kill、一発必殺!という表現なんですね。奥が深いな~、いやはやクリムトさんは一筋縄ではいきません。

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結論。クリムト展、最高でしたあ~。2019年に拝見した展覧会の、個人ランキングで「キスリング展」に次いで、「クリムト展」を暫定2位としましょう(ここまで絶賛しておいて2位かよ、と言われそうですが・・・)。本日は以上!

<蛇足>

豊田市美術館から、駅に行く途中で、こんな看板を見つけました。店名「物豆奇」は、いったいなんと読むのやら。ネットで調べれば即座に分かるでしょうけど、あえて謎として残しております。はい。

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キスリング展を拝見。感動・感激・感謝・・・これほどの喜びがそうそうあるだろうか! [絵画]

2019年6月某日。

目黒にある東京都庭園美術館で、キスリング展(会期4月20日~7月7日)を拝見しました。

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大げさに聞こえようとかまうもんかつう勢いで言いますが、震えるほどの感動、とは、この展覧会を観たワタクシのためにあると申し上げたい。自分が生きている間に、これだけのキスリング作品をドドーンとまとめて展示いただけるなんて、なんとありがたいことか。「生きていればきっと良いことがある」という言説は、私にとって、まさにこの日、この展覧会を観たことにある、のでしょう。ああ、今日まで死ななくて良かった。

日本の「美術好き」のヒトたちは19~20世紀西洋絵画といえば口裏を合わせたように、ルノワールだモネだゴッホだセザンヌだとさえずるが私が愛する画家は彼らではなく、モローであり、ヴラマンクであり、スーティンであり、そして今回拝見したキスリングなのであります。

ワタクシのヴラマンクさんとキスリングさんへの偏愛は当ブログでも吐露してきました(2015年の関連記事は→ここ)。

今回の「キスリング展」はその偏愛を追認しつつ、ますますキスリングさん作品を深~く愛する展開となりました。山本リンダさん的に言えば「もう、どうにも止まらない」ってことですナ・・・ネタ、古っ!

展覧会ポスターに使われている高さ160センチの油彩「ベル=ガズー」。キスリングさんらしく、女性は無表情でありながら、瞳には、そこはかとない愁いをたたえております。存在感たっぷりなのに、夢の一場面ような不可思議な浮遊感覚。。。この絵の前に立つと、強力な磁力に引きつけられるかのように動くことが出来なくなりましたね。

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そう、キスリングさんの作品には私を虜にする、すんごい奥行きと深みがあるのです。描かれる対象が、人物でも、静物でも、風景でも、その深みはなんら変わりません。

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2年前に書いたヴラマンク展の感想と内容がモロにかぶりますけど、私の持論として、印刷技術がどんなに発達しようと、画集や複製ではなく、実物を観なければならない画家、というのがいて、それはヴラマンク、スーティン、キスリング、なのであります。

なぜなら画集ではただのベタッとした陰影にしか見えない箇所が、実物では想像を絶する深みを持っており、まさにそこが「絵のツボ」と思えるからです。たとえば裸婦を描いたこの絵の、重ねた脚の、すねの間の陰影。裸婦の肌と、黒い背景の境界線の明暗の対比。

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グラデーションの陰影にしても、バシッと明暗が区切られた端面にしても、それだけで堂々たる「美」なのです。テクニックで賄えるモノではなく、そこには哲学が、ひとつの「世界」の凝縮があり、バカにされるかもしれないけど時空への裂け目とさえ思えます。

その強烈なインパクトは画集では到底、味わえない(と思う)わけで、本物を観た人間のみのヨロコビなのです(自慢じゃ)。下に掲げた作品でいえば、人物の手の「指と指の間の陰影」ですね。画集では平面的ですが、本物作品ではブルッとくるような深い表現になっております。

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そして、キスリングさん作品の大きな見どころといえば「アーモンド・アイ」ですね。少々誇張ぎみに見開かれた魅惑的な瞳です。虚空を見つめるようなその瞳には、鑑賞者の視線を釘付けにする目力(めじから)つうか吸引力があって、これがワタクシのキスリング愛を、いやがおうにもかき立てるのであります。

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今回の「キスリング展」は画家の初期から晩年まで約60点が網羅的に展示され素晴らしい充実ぶりです。この機会を逃すと、今後30年間、日本でこれだけの作品をまとめて観るチャンスはありません。

作品を集中して凝視したため、疲れ切ってフラフラになって庭園美術館を出たワタクシです。しかし、まだまだ負けませんぞ。「キスリング展」は東京開催を終えたら、そのあと岡崎市美術館(7月27日~9月16日)、秋田県立美術館(9月29日~11月24日)を巡回します。

当然ですが、ワタクシ、岡崎にも行くし、秋田にも行きますぜえ!アイドルの追っかけ気分であります。新幹線料金など、名品に再会できる喜びに比べれば、安いもんですよ。

うーん、本日はテーマがキスリングさんの絵だったので興奮して文章がメロメロになってしまった。失礼しました。チャオー。。。

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ギュスターヴ・モロー展を、パナソニック汐留ミュージアム、で拝見したハナシ。 [絵画]

2019年5月。

少し前のハナシになりますが、新橋駅近くにあるパナソニック汐留ミュージアムで、

ギュスターヴ・モロー展 (2019年4月6日~6月23日)を拝見しました。

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19~20世紀のヨーロッパ絵画というと、日本人のかなり多くがモネやルノワールを代表とする印象派を好むように思います。あの絵のどこが良いのか、私にはサッパリわからない。シスレーやピサロといった例外を除けば、ワタクシには、ただのぼやけた絵としか思えず、どうしても食いつけないのです。セザンヌやゴッホといった世間的ビックネームについても、すいません、いったい、どこをどう見ると感動できるのか全然分からんのです・・・。

てなわけで、この時代の白眉といえば、なんたってモローさんの幻想的な作品でしょうが!と声を大きくしたい。

以前も当ブログに書いた気がしますけど、ワタクシ、モローさんの絵画を、腹の底から深~く愛しているのであります(妙な表現ですな)。ヴラマンクさん、スーティンさん、キスリングさんの絵も大好きですが、モローさんは別格だあ!と申し上げたい。

そんなファイヴァリット・アーチストの展覧会とくれば、観ないわけにはいかんぜえ!というわけで、京橋の職場を出たワタクシは、銀座を徒歩縦断し20分。巨大ビル4階にある、パナソニック汐留ミュージアムに到着であります。

1000円の料金を払って、いざ展覧会会場へ!

いやあ、言葉にできませんでしたね、この感動。展示作品数はけっして多くないですが、なにせ一点一点の「濃厚さ」「インパクト」がスゴイのです。「サロメと宿命の女たち」という展覧会のサブタイトルが示す通り、モローさん作品のメイン・モチーフである妖艶な女性たちが、これでもか、つうくらいに登場します。

無表情の美女たちの醸す緊迫感。どすんと腹に響くような画面からの放出エネルギー・・・唯一無二の世界観を前に、ワタクシごときが、何を語ることがあるでしょうか・・・無力感。

展示作品のなかでワタクシの選ぶベスト・オブ・ベストは、定番チョイスながらやっぱりこれです。王女サロメと、ヨハネの首が対面するシーンを描いた名作「出現」であります。

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この絵画の前で、ワタクシ、10分以上、立ち尽くしてしまいました。画面に呑みこまれそうなくらい吸引力をビンビン発散しております。建物の柱や壁に、見事な線描が施されていますけど、この線って、モローさんが、最晩年に加筆したものだそうです。描いて20年経った作品に対して、素晴らしい仕上げをしたものですねえ。

ところで、「サロメ」と言えば、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルによる、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「サロメ」の映像(1974年)を思い出します。サロメを演じるのはテレサ・ストラータスさんです。彼女以外のサロメは考えられない!と思うほどバッチリはまっております。ヘロデ王の前で、7つのヴェールの踊り、を披露するサロメの、エロチックなことよ!踊った代償として、彼女はヘロデ王に、預言者ヨハネの首を要求するわけです・・・まあ、なんちゅうエグイ話を書くのだね、オスカー・ワイルドさん。

話は戻ります。ストラータス演じるサロメがいかに素晴らしくても、ウィーン・フィルがどんなに良い音楽を奏でようと、

モローさんが「出現」で描いたサロメにはかなわない!

のであります。これぞ絵画の力。絵画にしかなしえない力、であります。

ついついこの絵のハナシが長くなりました(好きなんだからしょうがない)。むろん、他の作品にも満足いっぱいでした。嗚呼、なんと良い一日でありましょう。

さて、この流れを保ちつつ、次は、上野で開催中の「クリムト展」に行くとしますか。楽しみであります。本日は以上です!

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